大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)826号 判決

上告人

鄭泰龍

右訴訟代理人

安野一三

被上告人

バロース・コーポレイション

右代表者

ケネス・エル・ミラー

右訴訟代理人

福田彊

土谷伸一郎

中川康生

山川博光

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安野一三の上告理由について

民訴法二〇〇条四号に定める「相互ノ保証アルコト」とは、当該判決をした外国裁判所の属する国(以下「判決国」という。)において、我が国の裁判所がしたこれと同種類の判決が同条各号所定の条件と重要な点で異ならない条件のもとに効力を有するものとされていることをいうものと解するのが相当である。けだし、外国裁判所の判決(以下「外国判決」という。)の承認(外国判決が判決国以外の国において効力を有するものとされていることをいう。以下同じ。)について、判決国が我が国と全く同一の条件を定めていることは条約の存する場合でもない限り期待することが困難であるところ、渉外生活関係が著しく発展、拡大している今日の国際社会においては、同一当事者間に矛盾する判決が出現するのを防止し、かつ、訴訟経済及び権利の救済を図る必要が増大していることにかんがみると、同条四号の規定は、判決国における外国判決の承認の条件が我が国における右条件と実質的に同等であれば足りるとしたものと解するのが、右の要請を充たすゆえんであるからである。のみならず、同号の規定を判決国が同条の規定と同等又はこれより寛大な条件のもとに我が国の裁判所の判決を承認する場合をいうものと解するときは(大審院昭和八年(オ)第二二九五号同年一二月五日判決・法律新聞三六七〇号一六頁)、判決国が相互の保証を条件とし、しかも、その国の外国判決の承認の条件が我が国の条件よりも寛大である場合には、その国にとつては我が国の条件がより厳しいものとなるから、我が国の裁判所の判決を承認しえないことに帰し、その結果、我が国にとつても相互の保証を欠くという不合理な結果を招来しかねないからでもある。以上の見解と異なる前記大審院判例は、変更されるべきである。なお、我が国と当該判決国との間の相互の保証の有無についての判断にあたつても、同条三号の規定は、外国裁判所の判決の内容のみならずその成立も我が国の「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」に反しないことを要するとしたものと解するのが相当である。

本件についてみると、記録によれば、アメリカ合衆国コロンビア特別行政区においては、外国裁判所の金銭の支払を命じた判決は、原判示の条件のもとに承認されており、その条件は民訴法二〇〇条が外国裁判所の右と同種類の判決の承認の条件として定めるところと重要な点において異ならないと認められるから、アメリカ合衆国コロンビア特別行政区地方裁判所の原判示判決につき、同条四号所定の「相互ノ保証」の条件が充足されているものというべきである。したがつて、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 横井大三 木戸口久治 安岡滿彦)

上告代理人安野一三の上告理由

原判決は、民事訴訟法第二〇〇条第三号、第四号及び民事執行法第二四条第二項の解釈を誤つたものであり、「判決ニ影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背アルコト」が明らかであり、破棄を免れ得ないものである。

一、原判決は、民事訴訟法第二〇〇条第三号について次のように述べている。

「民事訴訟法第二〇〇条第三号は、外国法適用の制限に関する法令(例の誤り)第三〇条とその目的を同じくするもので、『公ノ秩序』又は『善良ノ風俗』の概念は必ずしも一義的に決することは困難であるが、当該外国裁判所の判決の内容だけにとどまらず、例えば、当該外国裁判所の判決が詐欺により取得されたものであるとか、第三者の不法行為により成立したものである等判決の成立手続に司法の独立の侵害とか民事訴訟の基本原則に対する違背の重大なかしが存するときは、その外国裁判所の判決を承認することはわが国の公序良俗に反して許されないものと解され、かように判決の成立手続に関するものも右第三号に含まれるとすることは、当該判決の内容の実体的当否の調査を禁止している民事執行法第二四条第二項に違反するものではないものと解すべきである。」

(一) 然しながら、第一に、右判決にいう「司法の独立の侵害」とか「民事訴訟の基本原則に対する違背の重大なかし」とは、具体的にはどのような事態のことを指すのかが極めてあいまいである。

確かに我国における「司法の独立」とか「民事訴訟の基本原則」が否定されることは重大な問題であり、そのような結果をもたらす外国判決の承認が、民事訴訟法第二〇〇条第三号に言う「公ノ秩序」にあたるものとして、民事執行法第二四条第三項により却下されることは当然の如くみえる。このような抽象的な議論の範囲では、原判決の判示どおりで何ら矛盾がないようであるが、具体的にどのような例かを想定すると、民事執行法第二四条第二項との関係で困難につきあたらざるを得ないのではなかろうか。

原判決は、「詐欺により取得された」外国判決及び「第三者の不法行為により成立した」外国判決を例示しているが、これらは、我が国の民事訴訟法第四二〇条の第一項第五ないし第七号の再審事由と似た例を想定したものではないかと考えられる。

民事訴訟法第四二〇条第一項第五ないし第七号は次のとおりである。

「五 刑事上罰スヘキ他人ノ行為ニ因リ自白ヲ為スニ至リタルトキ又ハ判決ニ影響ヲ及ボスヘキ攻撃若ハ防禦ノ方法ヲ提出スルコトヲ妨ケラレタルトキ

六 判決ノ証拠ト為リタル文書其ノ他ノ物件カ偽造又ハ変造セラレタルモノナリシトキ

七 証人、鑑定人、通事又ハ宣誓シタル当事者若ハ法定代理人ノ虚偽ノ陳述カ判決ノ証拠ト為リタルトキ」

これらの再審事由の存否を我が国の裁判所が決するについては、これらの事由の性格上、判決内容と密接な関連をもつものとして、その審理の中で、判決の内容の当否が必然的に調査されることになるであろう。従つて、原判決例示のような事情が認定されるためには、判決内容の実体的当否の審理という民事執行法第二四条第二項に違反する審理がなされなければならないことになると思われる。

原判決が「司法の独立の侵害」とか「民事訴訟の基本原則に対する違背の重大なかし」としているものは、その文言からすると、むしろ、我が国の民事訴訟法第四二〇条の再審事由の列挙の内、その第一項第一ないし第四号などがそれにあたるものと考えられなくはない。この場合には、民事執行法第二四条第二項の判決内容の実体的当否の禁止にもふれないであろうと思われる。従つて、百歩譲つて、原判決の説くような原則に従つて、民事訴訟法第二〇〇条第三号が当該外国判決の内容だけにとどまらずその成立手続に関する審理も含むとしても、原判決例示のような事実の存否までは含まれないものと解さなければならない。

(二) 周知のように、従来の判例においても、旧民事訴訟法第五一五条(現民事執行法第二四条)の趣旨に鑑み、民事訴訟法第二〇〇条第三号については、当該外国判決の「内容」が我が国の公序良俗に反しないことの審査を前提とし、その判断の資料として、「主文」のみによるべきか、「認定事実」をも考慮するかが争われてきたものである。

(1) 昭和四四年九月六日東地民四判・昭和四三年(ワ)一五一五八号

(2) 昭和四五年一〇月二四日東地民一五判・昭和三八年(ワ)四三二七号

又、江川英文博士が論文「外国判決の承認」の中で述べているように、民事訴訟法第二〇〇条第二号が日本人の被告への送達について規定しているのは、日本人である敗訴被告の利益を保護するため、「判決が判決国において判決たる効力を有する以上はそれが如何なる手続によつて為されたかは問わない」という「原則」に対する「例外」として「特別に」定めるという趣旨と解されてきているのである。

従つて、従来、我が国では、当該外国判決の成立手続、及び手続条項については、民事訴訟法第二〇〇条第二項を例外として、原則として審理しないものとされてきた訳である。これは、旧民事訴訟法第五一五条(現民事執行法第二四条第二項)の趣旨に従うものであり、故兼子一博士が、その趣旨を徹底して、当該外国判決の「主文」のみから民事訴訟法第二〇〇条第三号の判断を為すべしとさえ主張されていた所なのである。

(三) 以上のとおり、原判決が、民事訴訟法第二〇〇条第三号の審査には、当該外国判決の成立手続まで含まれると解しているのは、「判決に及ぼすこと明らかな法令の違背」であると言わなければならない。

百歩譲つて、原判決の原則に従い、当該外国判決が「司法の独立の侵害」や「民事訴訟の基本原則に対する違背の重大なかし」に反するか否かの審理は行いうるものとしても、原判決例示の「判決が詐欺により取得されたものか否か」及び「第三者の不法行為により成立したものであるか否か」等は、民事訴訟法第二〇〇条第三号の審査には含み得ないはずである。

民事訴訟法第二四条第二項の「執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない」に違反しない限り、原判決の如き判断は為し得ないものと言わなければならない。

二、原判決は、民事訴訟法第二〇〇条第四号について、次のように述べている。

「ところで、外国裁判所の判決の承認の要件が当該判決国とその判決の承認を求められている国とで完全に一致することは到底期し難いところであり、当該国の定める他の外国の判決の承認の要件とわが国のそれとが全く同一でなくとも重要な点でほぼ同一であり、当該外国の定めるそれよりも全体として過重でなく、実質的にほとんど差がない程度のものであれば、両者を等しいものとみて民事訴訟法第二〇〇条第四号の『相互の保証』があるものと解してさしつかえないものと考える。」

(一) 第一に、右のような原判決の判示は、従来先例とされてきた大審院判例に反している。

『大審昭和八年一二月五日民五判・昭和八年(オ)二二九五号』は、

「民事訴訟法第二百条第四号ニ所謂相互ノ保証アルコトトハ当該外国カ条約ニ依リ若ハ其ノ国内法ニ依リ我国判決ノ当否ヲ調査スルコト無クシテ右第二百条ノ規定ト等シキカ又ハ之ヨリ寛ナル条件ノ下ニ我国ノ判決ノ効力ヲ認ムルコトトナリ居ル場合ヲ謂フモノトス」

と述べており、原判決の判示がこの大審院判例に反することは明らかである。

日本と当該国の外国判決の要件の比較において、「相手国の要件が日本のそれと等しいか寛なることを要する」との大審院判例と、「全く同一でなくとも、重要な点でほぼ同一であり、当該外国の定める要件がわが国の定めるそれよりも全体として過重でなく、実質的にほとんど差がない程度のものであれば、両者を等しいものとみてよい」とする原判決では、原則が完全に変化しているのである。

原判決は、外国の右要件が日本のそれより「全体として過重でなく実質的にほとんど差がない程度」であれば、外国の要件がより厳しくとも「相互の保証あり」ということを妨げないとしている訳であつて、「全体として過重でなく」「実質的にほとんど差がない程度」であれば、「両者を等しいものとみて」よいとして、前記大審院判例との連続性を繕つているが、その原則が一八〇度転換したことは明らかである。

(二) 原判決は、判例及び多数説に反して、「相互の保証」の基準を設定ているものであつて、その不当性は、以下述べる結果からも明らかである。

従来、我が国の判決がアメリカ合州国コロンビア特別行政区で執行を許された例はなく、右コロンビア特別行政区の裁判所が、相互保証の存否について基準を、前記大審院判例又は原判決との対比において、どのように設定しているかは不明である。更に、コロンビア特別行政区のみでなく、他州においても、日本の判決が執行を承認された例はない。

一方で、日本の裁判所は、前記大審院判例という先例の下でも、アメリカ各州の判決をほとんど承認してきている。そして、本件においては原判決は、相互保証の存否の基準を一八〇度転換させても、コロンビア特別行政区の判決に承認を与えたのである。国際法の大原則である「相互主義」の具体的な保証を確認せずして、徒に、アメリカの判決の承認に急であると言わなければならない。

真に、アメリカ合州国に対して卑屈な姿勢である。

(三) 原判決は、相互保証の存否の基準を緩和した上に、前記のように、判決が詐欺により取得されたものか否かの審理も民事訴訟法第二〇〇条第三号に含ませることにより、いわば、コロンビア特別行政区の外国判決承認の要件の一つである「その判決が詐欺によつて取得され、或は偏見に冒されているとみられるような特別の理由がないこと」と相殺させている訳である。

先に述べたように、民事訴訟法第二〇〇条第三号をそのように拡張することは誤りであるが、その上に、大審院判例・多数説と異つた基準を設定することによつて、全体として相互保証ありとの判断をしている。原判決も、第一審判決と同じく、不当にも、民事訴訟法第二〇〇条第三号、四号の要件を二重に緩和することにより、敢えて、本件コロンビア特別行政区の判決に承認を与えているのである。

(四) 原判決裁判所は、上告人(控訴人)の昭和五五年一二月一〇日付鑑定申立を敢えて採用せず、第一審鑑定人池原季雄教授の口頭による鑑定を控訴人に対して指示したが、これは結局池原教授の都合で実現しなかつた。

右鑑定申立は、アメリカ合州国コロンビア特別行政区における「本件第一審口頭弁論終結時以後の日本の判決に対する態度の調査」及び「相互保証存否の判断における相互性の解釈内容は、我が国の先例たる前記大審院判例と同様に解されているか、又は本件第一審判決の如く緩和した立場をとつているか」を鑑定事項として含むものであり、この点の調査なくしては、民事訴訟法第二〇〇条第四号の判断は本来為し得ないはずであるにも拘らず、それなしに、原判決裁判所は原判決を下したものである。

池原鑑定書の内容を更に踏み込んで、アメリカ合州国コロンビア特別行政区の外国判決承認の要件の解釈内容と、最新の裁判例の調査をしなければ、コロンビア特別行政区の外国判決承認の実態との比較はなし得ない。

原判決は、これらの点について何らふれるところがなく、単なる机上の要件の比較のみに止めている。これでは、調査資料の不十分なままに、判断を強行しているものであり、その審理の不十分さ、判決における判断の不十分さにおいて、原判決は、「判決ニ理由ヲ附セス」又は「理由ニ齟齬アルトキ」にあたるものと言わなければならない。

三、以上のとおり、原判決は先例たる大審院判例に反し、民事訴訟法第二〇〇条第三号、第四号及び民事執行法第二四条第二項の解釈を誤つたものであり、「判決ニ影響ヲ及ホスコト明ナル法令ノ違背」があり、又、アメリカ合州国コロンビア特別行政区の外国判決承認の要件の運用の実態を調査せず、原判決中でもそのことに何も言及していない点には「理由ヲ附セス又ハ理由ニ齟齬アル」こととなり、いずれにしても破棄を免れないものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例